ロバート・メイプルソープ展 天使と悪魔の写真家
会期:1997年4月19日-6月1日

 1970年代、ニューヨークの写真界に彗星のように登場し、エイズのため42歳で短い生涯を閉じたロバート・メイプルソープ(1946-1989)。その生前から神話的な存在と化したメイプルソープは、<ポートレイト><花><ヌード>などを主要なテーマに、独創的な写真作品を発表して、世界中にスキャンダラスな話題と衝撃的な感動をもたらした。常に画面における光の陰影効果、対象の質感、フォルム、バランスという造形上の構成要素を最大限に駆使したその作品は、西洋美術の古典的な様式美につながる厳格な表現力をもって、20世紀末の写真表現に尊厳と比類のない美のカノンを確立したといえる。
 極度の緊張感と乾いたエロティシズムが漂うメイプルソープの視覚世界は、美の観念を喪失した現代の我々に何を物語るのだろうか。本展は、彼が一貫して追求した<ポートレイト><静物><ヌード><セックス>の4つの主要テーマで構成しながら、神秘的な輝きを放ち人間存在の本質と深淵を問う彼の芸術の神髄を、未公開作品を含め184点の作品で紹介する、没後わが国最大級の回顧展となった。
斎藤清の全貌展
会期:1997年6月10日-8月24日

 福島県の会津坂下町に生まれた斎藤清(1907-1997)は、戦後日本の版画界を代表する作家の一人である。1951年、木版画「凝視(花)」が日本人として初めてサンパウロ・ビエンナーレ展で受賞して以来、国内外で高い評価を得るようになった。斎藤は日本の古都風景、外国風景、そして猫や花など身近なものまで多くのモティーフを対象とし、また木版画の他にコラグラフ、墨画などに取り組んで多彩な作品を生み出してきた。特に故郷会津の冬景色をモティーフにした<会津の冬>シリーズは、ライフワークとして三十数年にわたって制作が続けられ、多くの人々の共感を得ている。1995年には長年の功績が認められ、文化功労者に選ばれた。
 当館では、今までも折にふれ斉藤の作品を紹介してきたが、改めて七十年にわたる画業の全貌を二部構成により振り返ろうというのがこの展覧会の趣旨であった。
 なお、斎藤は1997年11月に90歳で逝去したため、本展が生前最後の回顧展となった。

●第一部 七十年の歩み
 油彩から版画に至る初期作品、世界的に活動が展開された50-60年代、そして70年から本格的な制作が開始された代表作<会津の冬>シリーズ、より幅広い題材を求め、さらなる挑戦を続ける70年代から現在まで、という4つのテーマを設け、年代を追いながら斉藤清の芸術の軌跡を辿った。

●第二部 表現と技法
 斎藤清は、日本の木版画の伝統的な技法を生かしながら、新しい可能性を切り拓くとともに、コラグラフや墨画などでも独自の世界を繰り広げた。第二部では、マチエール(質感)のいろいろ、かたちの追求、彫りと摺りという三つの視点からその多様な表現を捉え直し、作品の魅力に迫った。
20世紀フランス美術の巨人 ジャン・デュビュッフェ展
会期:1997年9月6日-10月5日

 ジャン・デュビュッフェ(1901-1985)は、フランスの港町、ル・アーブルのワイン商の家に生まれ、戦後40歳をすぎて画壇にデビューした遅咲きの作家である。しかし、その活動は、急激な変貌をとげる戦後ヨーロッパ美術において再出発点となったアンフォルメル(不定形絵画)運動の先駆者として、絶えず大きな影響を与えるものであった。
 本展では、デュビュッフェ財団所蔵作品を中心に、日本初公開作品を含む、絵画、水彩、素描、版画、立体作品など155 点を展示。多彩に変貌するデュビュッフェ芸術を、初期の原初的な具象絵画から、戦後の重厚なマチエール(絵肌)を追求した抽象作品、1960年代以降急激に変貌したウルループとよばれる細胞を思わせる作品群、そして最晩年のより純化した抽象作品までシリーズごとに4期に分けて紹介した。
 また、彼が<生の芸術(アール・ブリュット)>と名付け人間の純粋な欲求に基づく根元的な表現運動として知的障害者の作品を高く評価した点や、子どもたちの作品から強く影響を受けた点にも着目し、子ども対象のガイドブックの配布やワークショップ、デュビュッフェ作品のぬり絵コーナーの設置など、来館者にデュビュッフェ芸術の自由さを体験的に知ってもらう試みを行った。
大「細工」展 小さなものたちの大きなつぶやき
会期:1997年10月18日-11月24日

 本展は「細工」をキイワードにして、日本のものづくり文化の特徴を見ようとしたものである。
 日本人は「もの」を作ることに大変な情熱と畏敬の念を抱いてきた。未知の「もの」を見たときの旺盛な好奇心、見よう見まねで同様のものを作ってしまう適応能力の高さ、限られた材料を活かし切る様々な工夫、出来上がった「もの」の高い完成度、そして趣向や仕立てを好む遊びの精神。このような特徴を表すものとして「細工」という言葉を選んだ。「細工」には、単にものをつくるというだけにとどまらず、「よいもの、よく工夫されたものをつくること」というニュアンスが含まれているからである。
 こうして「細工」されたものは、美術品の中にのみ見られるわけではない。嗜好品や玩具、あるいは実用品や工業製品のなかにさえ、「細工」の精神を見ることができる。そこで本展では、江戸時代から現代に至る多種多様な「細工もの」の中から、美しさ、技の冴え、着想の意外性などの点で際だつもの約五百点を選び、その特徴を際だたせるため<巻頭逸品><仕舞の仕組み><縮みの仕業><もったいないの工夫><らしさの仕掛け>の五つの視点に分けて展示した。
ムーミンと白夜の国の子どもたち
会期:1997年12月6日-1998年1月18日

 神話と伝説に満ちた北欧の国々は、優れた童話や絵本を数多く生み出している。この展覧会では、トーベ・ヤンソン、オッティリア・アーデルボリ、ドーレア夫妻という、北欧を代表する三人の絵本作家を紹介した。
 フィンランドのトーベ・ヤンソン(1914- )は「ムーミン」の作者として世界的に有名である。北欧らしいユニークなキャラクターが活躍するムーミン童話では、子どもの夢や冒険、成長の過程が生き生きと表され、世界中で親しまれている。
 スウェーデンのオッティリア・アーデルボリ(1855-1936)は、数々の美しい絵本を世に送り出した。愛らしい子どもたちや野の草花を、女性らしい繊細な筆使いと透明感あふれる色彩で描き出し、高い評価を得ている。
 アメリカで活躍したエドガー(1898-1986)とイングリ(1904-1980)のドーレア夫妻は、イングリの故郷ノルウェーの大自然を舞台に、子どもたちの生活と冒険を、大胆な構図や微妙な色調、やわらかな描線でのびやかに表した。彼らの豊かな表現は、絵本の世界に高い芸術性をもたらした。
 この展覧会では、彼らの絵本原画やスケッチ、初版本など200点あまりの作品を一堂に集め、彼らの作品の中に息づく北欧の自然と暮らし、そしてその中に育まれた幻想の世界を展覧した。
デジタルアート・スプラッシュ!
会期:1998年2月14日-3月29日

 近年、コンピュータの急速な発達と普及はめざましいものがあり、私たちの社会生活の上でも、大きな変化が訪れようとしている。これは現代アートの分野においても同様であり、特に90年代以降、CG(コンピュータ・グラフィックス)やVR(ヴァーチャル・リアリティ)といった最新のテクノロジーを取り入れた新しい表現が台頭しつつある。
 多様な形態をとりながら進化するデジタルアートは、“アート”というカテゴリーに押し込めてしまうことが無意味に思えるほどエネルギッシュであり、何より、既成の概念にとらわれない自由さを持っている。また同時に、デジタルアートのあり方は、テクノロジー主導の現代にあって、何が“アート”たりうるのかという、極めて今日的な問いを投げかけているともいえる。
 本展では、こうした動向を踏まえながら、(1)Computer Graphics <道具(tool)としてのコンピュータ> (2)Media Installation <劇場(theatre)してコンピュータ> (3)Digital Entertainment <快楽(pleasure)としてコンピュータ> の3部構成により、「アート」の立場から制作された作品をはじめ、コマーシャル、さらにはテレビゲームなど「商品」に至るまで、私たちとコンピュータとの関わりについて様々な問題をはらむ作品(あるいは装置)を取り上げた。一般的な「美術史」的な枠組みを超えて、アートとテクノロジーの関わりを見つめ直そうとする試みであった。