2020年5月の記事一覧

ジャポニスム展 第六章

企画展「ジャポニスムからアール・ヌーヴォーへ」展より、全6章からなる展示の様子を引き続き、ご紹介していきます。

 

今回は最終回、第6章「アール・デコとジャポニスム」です。

 

アール・ヌーヴォーに続く様式のアール・デコは、20世紀前半の両大戦間期に流行をみせた装飾様式です。
植物モチーフは抽象的な形となり、シンプルかつモダンなスタイルが人気を得ました。
また、工業の進展に伴い、数多くの新しい素材の使用が可能となったのも特徴的な点です。

 

本章で展示されるアール・デコ様式の作品は、日本美術の影響がアール・ヌーヴォーを超えて存続したことを示しています。

それでは、作品をご紹介していきます。

 

アール・デコを代表する作家、ルネ・ラリックの《ナーイアス図飾皿》(1920年頃)。
ギリシャ神話に登場する川や泉の妖精ナーイアスが型押し技法で表されています。
無数の水泡が妖精の体の動きに合わせるように揺らめき、躍動感を感じさせます。
まるで今まさに妖精が水中から浮かび上がってきたかのような錯覚を覚えます。

 

 

スウェーデンのエドワルド・ハルド、オレフォスガラス工場による《網にかかった魚文鉢》(1924年)。
器の周りに、漁網と網にかかった魚がぐるりと一周描かれている面白いデザインです。
水中で魚たちが、徐々に狭まる網の中で戸惑う様子が伝わってきます。

 

 

フランスのガブリエル・アルジー=ルソー《蝶文鉢》(1915年頃)。
茶色がかった色合いの蝶が羽を大きく広げて、器の周りを取り囲むように配されています。
羽の斑紋や立体的な造形など、なかなかリアルな蝶の表現です。器の淡い紫色と羽の緑色の色合いによって、幻想的な雰囲気が醸し出されています。

 

 

ドーム兄弟《ガラス水差》(1910年頃)。
ドーム兄弟は、アール・ヌーヴォー期から活躍していましたが、時代の流れに合わせてアール・デコ様式を取り入れた作品も手掛けるようになり、モダンなセンスによる造形で名声を保持しました。
本作は、表面に艶消しの加工を施して劣化しているような風味をわざと出しています。
フォルムのユニークさと相まって、特殊な色合いと質感により、存在感を感じさせます。

 

 

こちらもドーム兄弟、《多層間金箔封入小鉢》(1925-1930年)。
典型的なお茶碗の形です。色ガラスペーストが全体に滲みとして広がり、不規則な形状の金箔がガラス層の間に挟み込まれることによって、高貴な輝きを放っています。
驚くほど美しい本作は、日本の造形美と漆工芸の世界を集約した名品と言えるでしょう。

 

 

ジャポニスムの影響は、様々な形で表現を変えながら、アール・ヌーヴォー、そしてアール・デコまで続いていたことが分かります。

 

 

 

「ジャポニスムからアール・ヌーヴォーへ」展の紹介は以上となります。

約100年以上前に起こった東西文化交流の熱を、その結果生み出された美しい名作群の魅力を少しでも感じて頂けたら幸いです。

本展は残念ながら中止となってしまいましたが、新型コロナウイルスが収束し、美術館で皆さまとまたお会いできる日を楽しみにしております。

ジャポニスム展 第五章

企画展「ジャポニスムからアール・ヌーヴォーへ」展より、全6章からなる展示の様子を引き続き、ご紹介していきます。

 

今回は第5章「もうひとつのアール・ヌーヴォー―ユーゲントシュティール」です。

 

19世紀末から20世紀初頭にかけて欧米で同時多発的に流行したアール・ヌーヴォー様式ですが、その表現は主にふたつの潮流から成っていました。

ひとつは、植物など有機的なモチーフを曲線美豊かに、アシンメトリーな配置で表すフロレアル・アール・ヌーヴォーというもので、フランスを中心に流行しました。

もう一方は、主にドイツ語圏でもてはやされた幾何学的アール・ヌーヴォー「ユーゲントシュティール」です。
直角や幾何学的なディティールが特徴で、左右対称に表すシンメトリー性や様式化された植物モチーフが好まれました。

 

本章のユーゲントシュティールの作品を見ると、3章で紹介した作品群とは明らかにデザインの特徴が異なることが分かります。

 

それでは、これから作品をご紹介していきます。

ベルリン王立磁器製作所による、(右):《花束文鉢》(1900-1905年)と、(左):《四つ葉クローバー文花器》(1900-1905年)。
1751年に設立されたベルリン王立磁器製作所は、ユーゲントシュティールの時代に最盛期を迎えました。
豊かなフォルムと装飾モチーフで有名となり、幾多の万博で成功を収めました。
両作品とも植物が様式化されており、洗練された優雅さを感じさせます。

 

 

こちらもベルリン王立磁器製作所、(右):《エナメル彩花器》(1910年頃)と、(左):《植物文花器》(1910年頃)。
鮮やかなエナメル彩と小さな金の連珠で装飾されたデザインが規則正しいリズムで配されています。
同製作所が誇る装飾図案の豊富さ、技術の高さが分かります。

 

 

ドイツのビレロイ&ボッホ製陶所による《樹文花器(一対)》(1903年)。
幾何学的に様式化された濃紺の樹木が立ち上がっています。スタイリッシュな造形で、ユーゲントシュティールの特徴を明確に示しています。

 

 

最後にご紹介するのは、フランスのウッツシュナイダー社の《洋蘭文ティーセット》(1910年頃)。
クリーム色の器は、いずれも両側面に豪華な洋蘭のモチーフが配され、金彩や緑色の水滴模様で装飾されています。
このようなティーセットでお茶会をしたらとても優雅なひと時となるでしょうね。

 

 

同じアール・ヌーヴォー様式といえども、ユーゲントシュティールでは幾何学的デザインやシンメトリー性が明確に示されているのが分かります。
同時代の流行でも国や文化圏によって、デザインの特徴が大きく異なる点が面白いと思います。

    

 

次回は最終章の第6章をご紹介します。

ジャポニスム展 第四章

企画展「ジャポニスムからアール・ヌーヴォーへ」展より、全6章からなる展示の様子を引き続き、ご紹介していきます。

 

今回は第4章「建築の中の装飾陶板―1900年パリ万博のビゴ・パビリオン」です。

 

古くから陶器は、壁や屋根の建築資材やカバータイルとして使われてきましたが、19世紀末になると、工場生産の導入によって大きなサイズの陶板の製造が可能となりました。様々な陶器が作られ、鉄筋コンクリート構造の建造物を飾ったのです。
建築を装飾するそれらの陶器にも、表現のコンセプトや釉薬の使い方において、日本美術の影響は見られます。

 

ここで紹介する作品群は、1900年パリ万博でお披露目された建築用陶器群、いわゆるビゴ・パビリオンの建築装飾の一部です。
建築家ジュール・ラヴィロットが設計・建設し、陶器群はビゴ社が製造しました。

 

このパビリオンは博覧会でグランプリを受賞した後、ブダペスト国立工芸美術館館長によって買い上げられ、ブダペストに移送されました。
しかし、地下室に地下室に仕舞い込まれたそれらの建築装飾は、世界大戦後の動乱と共に長い間忘れ去られてしまいました。
ところが、美術館改修工事の折に発見され、1996年に同館で行なわれた展覧会でようやく一部が展示されるに至りました。

国外においてこれほどまとまった形で展示するのは、本展が初めてだそうです!大変貴重だということが分かりますね。

 

それでは、作品をご紹介していきます。

デザイン:ポール・ジューヴ、ビゴ社製《牡牛図フリーズ装飾陶板》(1898-1900年)。
1900年パリ万博のメインエントランスは、巨大な動物のフリーズで飾られていたそうですが、
本作はメインエントランスの作品をビゴ・パビリオン用に小型化したものの一部です。
万博の雰囲気を今に伝える作品です。

 

 

デザイン:G.ニコレ、ビゴ社製《水中図フリーズタイル》(1898-1900年)。
こちらも生き物を描いた作品。大小さまざまな魚やヒラメが泳いでいます。
水草も描かれていて、よく見ると細かく表現されていることが分かります。

 

 

デザイン:アルフレッド=ジャン・アルー、ビゴ社製《蛙図フリーズタイル》(1898-1900年)。
蛙の脚がタイルをまたいでいますが、ここで分割するのは理由があります。
並べる際に、タイルごとに焼き上がりの色が異なっていても自然に見せられるためだそうです。工夫されているのが分かります。

 

 

デザイン:ピエール・ロシュ、ビゴ社製《自転車に乗る人物図フリーズタイル》(1898-1900年)。
自転車を全速力で漕ぐ人物の列が描かれています。丸い輪二つで自転車を表し、上半身から布がたなびくことで疾走感が表現されています。
19世紀に発展した産物のひとつが自転車。当時の自転車ブームを生き生きと伝えています。

 

 

         

(左):ビゴ社製《草花図壁面カバー装飾陶板》(1898-1900年)。
大型の豪華なタイルは、建造物の内装用に、玄関ホールの内壁カバータイルとして制作されました。
本作は、濃淡のある青い地に植物が2枚にわたって大きく表されています。玄関にこのような装飾があると、とても優雅な気持ちになるでしょうね。


(右):デザイン:ヤーノシュ・バッハ、ジョルナイ陶磁器製造所製《蔓花図フリーズタイル-建築用陶器》(1911年)。
ハンガリーのジョルナイ陶磁器製造所は、芸術的な装飾品ばかりでなく、数百種に上る建築用装飾陶器も製造しました。
フリーズ用タイルの一部である本作は、かつてブダペストのある高級賃貸住宅の窓枠を飾っていたそうです!

 

 

このように華やかで細かな装飾を施した陶器で建築物を彩るのは西洋的な文化ですが、
特に陶磁器の生産が盛んなハンガリーでは、自国を代表する文化の一つであるとも言えるでしょう。

実際、ブダペスト国立工芸美術館の屋根はジョルナイ陶磁器製造所によるタイルが使用されていて、素晴らしい美しさを誇っています。

 

次回は第5章をご紹介します。

ベッツィ・ワイエス夫人を偲んで

アメリカの画家アンドリュー・ワイエス(1917-2009)のベッツィ夫人が4月22日に98歳で亡くなられました。

ワイエスは当館のコレクションにとって、とても重要な画家の一人です。常設展示室の三番目の落ち着いた部屋の中央に掛けられた《松ぼっくり男爵》を、一度はご覧になった方も多いのではないかと思います。

親愛なる家族や親しい友人たち、そしていつも目にする日常の風景をとても大事に描き続きたワイエスにとって、ベッツィ夫人はインスピレーションの源であり、よき理解者であり、いつもそばにいる最愛の人でした。すでに天国に召されたワイエスの傍らで、おそらく微笑んでおられることでしょう。

 

ワイエスの孫娘、ビクトリアさんが制作した祖父母への追悼のビデオをご紹介いたします。

皆さまと共に、アンドリューとベッツィ夫妻の人生を振り返り、ご冥福をお祈りしたいと思います。

https://vimeo.com/410013185

 

ただいま、コロナウィルス感染防止のため休館をしておりますが、開館した折には、またワイエスの作品を見に来ていただければ嬉しいです。

 

 

ジャポニスム展 第三章

企画展「ジャポニスムからアール・ヌーヴォーへ」展より、全6章からなる展示の様子を前回に引き続き、ご紹介していきます。

 

今回は第3章「アール・ヌーヴォーの精華―ジャポニスムを源流として」。本展のメインの章になります!

 

アール・ヌーヴォー様式の源泉のひとつとなり、芸術のあらゆる領域へと広がりを見せたジャポニスム。
本章では、作品を特徴に基づいて4つのセクションに分類し、体系的にご紹介しています。

 

 

 

第一セクション:花のモチーフ

西洋美術においても、植物など自然の描写は昔から行われてきましたが、それらはほとんど物語画や人物画の背景であったり、教訓的な意味を担った静物画であったりしました。

一方、日本美術では、植物の造形美そのものが作品の主題として成り立ち、茎や蔓による曲線美や花の可憐さなど、表現は多様に富んでいました。
また、構図もアシンメトリー(非対称)で、細部の表現は精緻で洗練されたものでした。

このような日本美術の特徴が活かされたアール・ヌーヴォー様式の作品が並びます。

  

      エミール・ガレ《洋蘭文花器》1900年頃            エミール・ガレ《クレマチス文銀製台付花器》1900年頃 

 

 

   

     ジョルナイ磁器製造所《葡萄新芽文花器》1898-99年             ドーム兄弟《水辺風景図花器》1910年頃

 

 

第二セクション:表面の輝き

日本の品々のうちでも、蒔絵の漆芸品には大きな意義がありました。
表面に蒔かれた金や銀の粉の煌めきは、古くから黄金を特別視していた西洋の人々にとって特に魅力的に映りました。

ジャポニスムはアメリカでも流行しましたが、ルイス・カンフォート・ティファニーも日本工芸の金属的な輝きに魅せられたひとりです。
ティファニーが開発した虹色の光を放つファブリルガラスは、類いまれな華やかさと洗練さを備えたものですが、日本の金工芸の影響をも想起させます。

 

 

 

第三セクション:伝統的な装飾モチーフ

日本のデザイン表現の特徴のひとつに、植物や雲や波などの自然の装飾文様・モチーフを繰り返し反復させるという手法があります。

ヨーロッパの工芸界もこの日本美術の装飾表現を採用しましたが、反復するモチーフを正確に絵付けするのは非常に繊細な作業でした。

ジョルナイ陶磁器製造所は、玉虫色に輝くエオシン彩を用いたり多彩な色合いでもって描き出し、驚くほど美しく細密な装飾表現を実現させています。

   

成型 デザイン:シャーンドル・アパーティ・アブト            ジョルナイ陶磁器製造所《黄色のヤグルマギク文花器》1900年頃
ジョルナイ陶磁器製造所《花瓶》1903年

                                                  

                                                                            

          左:《花煙帯文花器》1898年、右:《天空風景文花器》1898年 ともにジョルナイ陶磁器製造所作

 

 

第四セクション:鳥と動物

動物のモチーフは、西洋美術においても古くから様々な形で描かれてきましたが、脇役的な立場で描写される場合が多く、主役として扱われることはあまりありませんでした。

一方の日本美術では、動物の描写が際立っており、作品の要として描き出されることが多くありました。
動物の特性を観察し、生き生きと面白く表現した浮世絵や根付けは、ヨーロッパ美術の動物表現にも影響を与えました。

   

 ルイス・カンフォート・ティファニー《孔雀文花器》1898年以前          エミール・ガレ《昆虫文花器》1889年以前

 

 

    

  シャーンドル・アパーティ・アブト、ジョルナイ陶磁器製造所     左:ロイヤルドルトン社《ヨークシャー豚像》1905年頃
 《狩りをする雌ライオン像》1908年                 右:チャールズ・ジョン・ノーク、ロイヤルドルトン社
                                  《スコッチテリア像》1904-10年

 

 

 

芸術家が日本美術の表現を吸収して理解し、自分なりの表現へと昇華させていった跡が作品から感じられますね。

現在ほど情報量の波に溢れていなかった時代に生じた東西交流が、このような形で美しい作品群に結晶したことを考えると感慨深いです。

 

 

 

次回は4章をご紹介します。