福島県立美術館ブログ

横尾忠則ポスター展、明日ギャラリートークです。

横尾忠則ポスター展も会期半ばとなりました。早いですね。

先週、詩人の和合亮一さん、グラフィック・デザイナーの中山千尋さんによるワークショップを行いましたが、引き続き明日は、当館学芸員・久慈伸一によるギャラリートークを開催いたします。

会場をまわりながら、作品にまつわるお話しをしていきます。作品を巡ってさまざまな角度から語られる言葉は、時に鑑賞の邪魔になることもありますが、新たな発見につながることもあります。面白さを引き出してくれることもあります。すでにご覧になった方にも、これから展覧会を楽しもうという方にも、鑑賞のガイドとなるような楽しいトークができればと、私たちも努力をしております。なかなか難しいのですが・・・。

5月18日[土]14:00~ チケットをご持参の上、企画展示室入り口にお集まり下さい。
ここです↓


皆様のご来館を心からお待ちしております。

A.Y.

ワークショップ「私自身のための広告ポスターを作ろう!」 5月11日

先週土曜日、5月11日に「横尾忠則ポスター展」関連ワークショップの二日目が開催されました。

4月27日の初日は、詩人の和合亮一さんとともに自分自身と向き合って言葉を探しました。その後二週間の間に、それぞれイメージを膨らませ、コラージュの技法でポスターを作るための材料集めをしてもらいました。さて、いよいよ制作です。

二日目の講師は、福島市でグラフィック・デザイナーの仕事をしていらっしゃる中山千尋さん。グラフィック・デザインには「クライアント」が必ず存在します。実際は、そのクライアントの意向や予算に合わせて仕事をしなくてはならない、と作例を見ながらお話しして下さいました。でも今回はクライアントも自分、そしてデザイナーも自分です。自分の表現したいものを、クライアントの目とデザイナーの目との二方向から見つめるという作業が必要だったといえるでしょう。



作業が始まると、皆さん真剣そのもの。しーんと静かな室内で、紙がこすれる音やハサミの音が響きました。



「他の人の作品も見てみましょう。」
「横尾展をもう一度見に行ってもいいですよ。」
時々頭の中を解きほぐしながら、制作が続きました。

三時過ぎ、和合さんが駆けつけて下さって、講評会です。



実は完成できなかった方もいらっしゃいましたが、それぞれがプレゼンテーションをし、中山さん、和合さんの講評をいただきました。どれもがそれぞれに自分と向き合って見つけた形、言葉、そしてポスターだということがよくわかりました。



未完成だった方は、一週間の間に完成品を提出していただき、最後には横尾さんから講評をいただくことになっています。そしてエントランスホールに展示もいたします。どうぞご期待下さい。

講師をして下さいました和合亮一さん、中山千尋さん、有り難うございました。
そして横尾先生、どうぞよろしくお願いいたします。

A.Y.

ワークショップ「私自身のための広告ポスターをつくろう」 4月27日

先週土曜日、4月27日に「横尾忠則ポスター展」ワークショップが開催されました。

詩人の和合亮一さん、グラフィック・デザイナーの中山千尋さんと一緒に、2日かけて「私自身のための広告ポスター」を作ります。ちょっと奇妙なタイトルのワークショップですね。

実は展覧会と大いに関係があるのです。横尾さん29歳の時、「ペルソナ展」というデザイン展に出品します。参加者は田中一光、福田繁雄、勝井三雄、宇野亜喜良、和田誠、永井一正、粟津潔、細田巌、木村恒久、片山利之と横尾さんの11人。まだ若き横尾さんにとって、蒼々たるグラフィック・デザイナーとともに出品できるまたとないチャンス。意気込んで自主制作にとりかかりました。

その時制作したのが、「誰もが考えながら誰もがやらなかった自分自身のための広告ポスター」(『横尾忠則自伝』より)でした。



旭を背景に、薔薇を手にした横尾さんが首つりをしています。そこに英文で「ぼくは29歳でついに頂点に達し、首を吊って死ぬ」という死亡宣言のコピーを書き加えました。
「このポスターには過去の自分を埋葬すると同時に未来の自分を再生させるという願いと意味があったが、同時にモダニズム・デザインへの決別宣言でもあった。」(『横尾忠則自伝』)と、横尾さんは書いています。

この作品はもちろん展覧会に出品されています。

私たちも「自分自身ための広告ポスター」に挑戦しようという、考えてみれば無謀なワークショップ。しかし事前に和合さん、中山さんと打ち合わせをましたが、なかなか奥が深い面白いテーマです。

初日は和合さんとことばのワークショップ。

まず、和合さんは横尾さんの作品との出会いからお話しを始められました。
高校の国語の先生になりたての20代。何か表現をしたい、でもどうしたらいいのかわからない、そんな悶々とした日々を送っていたときに横尾さんの画集と出会ったそうです。そして「死後の世界」を描くということからヒントを得ます。自分は一度死んでしまった。死の側から世界を見たらどうなるのか。



生きることと死ぬこと。創作の原点はそこにあるのではないかとおっしゃっていたのが印象的でした。

さて、では実際にどのように言葉を組み上げていったらいいのでしょう。
二つのキーワードがありました。一つは「無意識」。そしてもう一つが「コラージュ」。無意識の中から拾い上げてきた言葉を、ぶつけ、つなげ、つづける。そうしてひとつながりの文章に作り上げていく。







ワークシートを書きながら、横尾展で作品を見たときの言葉を書きとめながら、最後にそれぞれがいくつかのコピー(らしきもの)を作り、発表しました。かなり斬新なものもありましたよ。



ポスターに作り上げるのは二週間後の5月11日。ポスターも「コラージュ」の手法を使い、雑誌の切り抜きや写真やさまざまなイメージを貼り合わせて作っていきます。そのための素材集めが宿題となります。

最後に和合さんと中山さんからのアドヴァイス。言葉がイメージを規定することもあるけれど、イメージが言葉を引き出すこともある。素材集めをする中で言葉が変化することもあっていいのです。

さてさて、参加者のみなさん、どのようにイメージを膨らませていらっしゃるでしょう。楽しみにしています!

A.Y.

横尾忠則『少年マガジン』です

前回のブログに、横尾忠則ポスター展、オープニング対談のことをご報告しました。
そこで、横尾さんが1970年に描かれた『少年マガジン』9冊の表紙について触れたところ、早速横尾さんのツイッターですべての画像をアップして下さっています。
是非ご覧下さい!

http://www.tadanoriyokoo.com/vision/index.html

A.Y.

横尾忠則ポスター展オープン



今朝の美術館前庭。なんと雪が!昨日でなくて本当によかったです。

昨日、「横尾忠則ポスター展」がオープンしました!
この展覧会は実は3年前から企画していましたが、東日本大震災後、一時延期となり、今年ようやく実現しました。待ちに待ったオープンです。


《横尾忠則ポスター展(福島県立美術館)》2013年 ©TADANORI YOKOO

横尾忠則さんといえば、戦後日本を代表するグラフィック・デザイナーであり、美術家であり、作家でもあり、いろいろな顔を持つマルチな才人です。本展はポスターに焦点を絞り、約400点の作品をご紹介します。

横尾さんは1936年兵庫県生まれ。この6月で77歳とは思えぬエネルギッシュな創作活動を展開されています。「隠居宣言」をしたとはいえ、実は隠居とは忙しいのだそうです。自分のやりたいことをやるのが隠居。やりたいことがまだまだたくさんある、ポジティブな隠居生活を送っていらっしゃるとのこと。(すごい!)

そんなお話しが聞かれたのは、昨日行われたオープニング対談の中でした。
日本美術史家の山下裕二さんとの1時間半にわたる対談は、終始リラックスした雰囲気に包まれ、250席満席になった会場の笑いも絶えませんでした。


横尾忠則氏


山下裕二氏

「話しはどこに飛ぶかわからないよ。」と事前にお二人に言われていました。しかし「飛ぶ」というより、ほぼ『少年マガジン』の話しで終わりました。1970年に横尾さんは『少年マガジン』の表紙を9冊描いていらっしゃいます。その中の1冊は「横尾忠則特集」。実は山下さんがこの道に入られたのは、これら『少年マガジン』と出会ったからと言っても言い過ぎじゃない、とまでおっしゃる作品。それらをご紹介いただきながら、当時の横尾さんのグラフィックの仕事に大きな影響を与えた、様々な人たちとの交流が引き出されていきました。
唐十郎、寺山修司、澁澤龍彦、三島由紀夫や大島渚、ジョン・レノンやミック・ジャガー、そして当時の編集者たち。それから70年の大阪万博の話しも。



(ぶっ飛んでる)『少年マガジン』の表紙にしろ、中味にしろ、そういう時代の文化が背景にあったんだということがよくわかりました。残念ながら『少年マガジン』は本展に出品されていませんが、60年代のポスターはまさにこの中から生み出されたものなのです。

最後に横尾さんが話された印象深いひとこと。「いろいろなことがバラバラに存在しているみたいだけど、結局は根っこにある一つに繋がってるんだよね。」(う~む、なるほど。)

横尾さん、そして面白いお話しを引き出して下さった山下さん、本当に有り難うございました。

展覧会は6月16日まで開催。是非皆様、お出かけいただき、横尾ワールドをご堪能下さい。

(A.Y.)